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聖徳太子の生誕の地です。奈良・明日香の橘寺(たちばなでら)へ

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どうもー、吉です。

皆さん「聖徳太子(しょうとくたいし)」はご存知ですか?

昔の一万円札の肖像画にもなった人物ですが、存在しなかった論も根強く残ってます。

今回は、聖徳太子の生誕の地と云われている、奈良県の明日香にある「橘寺(たちばなでら)」へ行って来ました。

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聖徳太子を少し説明

まず、ご存じ無い方も居るかも知れませんので、聖徳太子を軽く説明します。

聖徳太子は、尊称・諡です。

本名は、「厩戸(うまやど)」です。

なので、「厩戸皇子(うまやどのおうじ」や「厩戸王(うまやどのおう)」と呼ばれていたようです。

このブログでは、以降の記載は「太子」とするこ事にしますね。

太子は、飛鳥時代の皇族であり政治家です。

第31代の用明天皇の第二皇子ですね。

太子が政治家として活躍した時代は、推古天皇の時代です。(因みに、推古天皇は、太子の叔母に当たります。)

小学校の歴史の授業で一度は聞いた事があると思いますが、「蘇我馬子(そがのうまこ)と共に政治を行っています。

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太子は、優秀な政治家で外交と内政で有名な政策を幾つもしていますね。

○外交

「遣隋使」

推古天皇の時代に、アジアの先進国である「隋」に、制度や技術を学ぶ為に覇権された朝貢使です。

まあ、朝貢と言っても冊封を受けない外交メインの使者ですね。

○内政

「冠位十二階」

朝廷での席次(地位みたいなもんです)を示す制度です。

冠の色の種類によって決まります。

「十七条憲法」

太子は、役人を取り立てる際には、有能な人物を選んで登用してました。(まあ、有力な豪族限定ですが)

取り立てた役人の心構えを示した憲法です。

因みに第一条は、和を示したもので。

「一に曰(いわ)く、和を以(もっ)て貴(とうと)しとなす」

ですね。

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色々な政策を実施していた太子ですが、実は存在しなかった説もあります。。

ちょっと、それは無理やろ〜と思う伝説が幾つも残っているからです。

有名どころを紹介すると。

○豊聡耳(とよとみみ)

太子の元には、何人ものお願いをする人が来ます。所謂、請願ですね。

で、この請願をしに来た10人全ての話を一度に聞き全て理解したのです。そして回答もしたとか。

う〜ん、少し無理がある。

○飛翔伝説

これは、無理。

諸国から献上された馬の内、四脚の白い「甲斐の黒駒」を神馬と見抜いたのです!

そして、その神馬に乗ると馬は天高く舞い上がり、富士山を越えて信濃国に飛んで行ったのです!

そして、3日後に都に戻って来ました!

因みに明日香は、奈良県です。信濃国は、今の長野県付近です。

その時の神馬の銅像が橘寺に有ります。

ジャーン!!でも、飛ぶって無理がある。。

実在の人物かは、今のところ不明みたいですね。

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橘寺へ

今回、橘寺(たちばなでら)へは、車で行きました。

国道から少し細い道に入り、少し進むと駐車場が有ります。

駐車場は、無料です!

ジャーン!

・・・実は、駐車場の方の入口から撮った写真では有りません。

入口が2箇所有って、どうももう一方の方が正門?みたいですね。

橘寺の、詳細を少し説明すると。

宗派:天台宗

山号:仏頭山

名称:仏頭山上宮皇院菩提寺

本尊:聖徳太子

です。

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境内は、そんなに広く有りませんので全て回っても1時間掛からないですね。

ちょうど、桜の季節だったので境内にある桜が見事に咲いていました。

聖徳太子のところで記載した、甲斐の黒駒(飛翔馬)の銅像の近くの桜も綺麗でしたね。

明日香で有名な、亀石や石舞台古墳の丁度真ん中ぐらいにあるので、明日香を訪れた際は、是非立ち寄って下さいね。

私が訪れた時は、拝観する人も少なかったので、ゆっくり出来ました。

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住 所:奈良県高市郡明日香村橘532番地

時 間:9:00〜17:00
    ◎受付は、16:30迄です。

拝観料:大人350円
    ◎高校生以下は少し安くなります。

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